プロレスとマスクマン
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最初にマスクマンを見たのはタイガーマスクで、厳密にはそれは2代目タイガーマスクで全日本プロレスの三沢光晴でした。少し大人になってから初代ターガーマスクがいるのを知り初代タイガーマスク(佐山聡)の映像を見てからはすっかりプロレスファンになったのがそもそも始まりだったでしょうか

Gabriel Garcia Marengo Gato Lucha Libre

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タイガーマスクの衝撃

リアルタイムで見た人には当たり前でしょうが、初代タイガーマスクを確かレンタルビデオで見たときはプロレスの概念が変わるくらいの相当な衝撃をうけました。軽やかなフットワーク、アクロバッティックな技、それは漫画が実際に動いているような印象で興奮してしまい、翌日お店にある全てのタイガーマスクが出ているビデオをレンタルして1日で一気にみてしまいました。とにかくすごいの一言ですが1981年4月23日にデビューして1983年8月10日に引退しておりわずか2年数ヶ月の間で伝説を作った事になりますね

昭和56年4月23日(蔵前国技館)でのデビュー戦。対戦相手のダイナマイトキッドも華がある選手です
by カエレバ

マスクマンとメキシコ

その時代には日本にもマスクマンが多くいて、それぞれに魅力がありましたが、中でもミル・マスカラスには少年の心を鷲掴みにする要素が満載でした。まず入場曲のスカイ・ハイにやられます

イギリスのポップバンド、ジグソーの『スカイ・ハイ』

そして毎試合違うマスクを被ってくるんですよね。「千の顔を持つ男」という異名の由来でもある(「ミル・マスカラス」はスペイン語で「千の仮面」)とのことです。逆三角形のボディとメキシコ先住民族の神話を元にしたきらびやかなコスチュームも最高でした。特にフライングボディプレスの華麗さは本当に絵になります。親族もレスラーが多くレスリングエリートファミリーですね

しばらく後にミルマスカラスがルチャリブレを代表するヘビー級ルチャドールの1人だと言うことを知ります。

ルチャリブレはメキシコで非常に高い人気を得ている大衆芸能格闘技」で兼業も含めれば数千人の競技人口を誇り、メキシコを中心に中南米で盛んに興行が開催されている。
ルチャリブレではプロレスラーのことを男性はルチャドール、女性はルチャドーラと呼んでいる(メキシコの公用語であるスペイン語には男性名詞と女性名詞の区別があるためである)。さらに、彼らはプロレス同様にベビーフェイステクニコ(テクニカ)ヒールルード(ルーダ)に分かれて激しい戦いを繰り広げる。
一部のトップスターはエストレージャスペルエストレージャスターまたはスーパースター)と呼ばれる。覆面レスラーが多いのも特徴でアステカなどの文化的な影響から神聖視されており、マスクマンは人前では決してマスクを脱がない。その究極とも言えるのがエル・サントで、死後もマスクを脱がずにそのまま葬儀が行われた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ルチャ・リブレをお洒落なものとしてみていた

今ではバラエティでお笑いの小道具的に使われる事も多いですが、私はルチャ・リブレというかメキシカンプロレスとその雰囲気をお洒落でカッコ良いと感じていました

by カエレバ
by カエレバ

タイガーマスクとミルマスカラス以降にもマスクマンのスターはいますが、両者程の衝撃はありませんね。先駆者という事もあるでしょうが。この後、私のマスクマンの興味はなぜか漫画のキン肉マンへと移ってしまいます

by カエレバ

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